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『ベイビー、グッドモーニング』感想

『ベイビー、グッドモーニング』のネタバレ感想です。

ベイビー、グッドモーニング(角川文庫)

概要

 寿命を三日ほど延長させて頂きました―入院中の僕の前に現れた“死神”を名乗る少女。なんでも死神には、リサイクルのため、濁った魂を集めるノルマがあり、その達成のため勝手に寿命を延ばしたというのだが…。綺麗に死にたいと言う嘘つきな少年、物語の中で自殺した小説家、世界を「良い人」で埋め尽くす計画を立てた青年、誇り高き老道化師。死が迫った濁った魂たちは、少女と出会い、何を選択したのか。優しくて切ない四つの物語。(「BOOK」データベースより)

感想

 四作の短編集であり、各編それぞれ生と死を巡る物語として作られています。
 各編に共通する登場人物として死神の少女がいて、彼女が死について直面するキャラクターたちを導く、または見守る役割となります。
 とある編の登場人物が、とある編の登場人物として出てくる、という連作としての側面も有り、また、「プロローグ」、「再び、プロローグ」を読む限り、短編四作すべてが死神の少女が語るように、「生と死の輪廻の物語」として包括的に結論付けられていて、そういう意味では短編すべてが一作として構成されているとも言えます。
 では、各編の簡単な感想を。

A life-size lie

この作品は昨日感想を書いています。

garuzaku2.hatenablog.com

ジョニー・トーカーの『僕が死ぬ本』

 大衆に迎合した自作に辟易し、理想の文章という妄想じみたものを追いかけた作家。理想を捨てた昔の愚かな自分を、自作によって殺したけれど、代わりに孤独で追い求めた理想の文章などというものは、いくら探そうと見つからない。
 だけど、彼は自分を殺したはずの自作に付け足された、幼い子供が綴ったたった二行の復活の言葉に、己の理想を見出す。シンプルで拙い。しかしそこには熱量があり、感動があり、願望がある。苦心し続けた心を癒やし、容易く満たしてくれるほどに幼い読者の希望。彼はそれに報いることが自分が追い求めた作家としての天命なのだと知るが、皮肉にもそれは死神から、確定された死を間際にしたからこそ知り得た天命だった。
 最後の彼のメールは希望に満ち満ちていて、そしてそれは同時に絶対に敵わない希望だと確定されていて、その両極端のメッセージが、切なく、そして滑稽に思えます。
 「死を前にしたときの未練では魂は濁らない」という死神の少女の言葉が印象深いです。未練は生きたいと思う願望であり、それは一編目で語られた「人としての死」なんですね。だから、死神の少女はロスタイムを設けることなく、作家が事故で死ぬことについて介入しようとは思わないのでしょう。

八月の雨の降らない場所

 今までの話は実際に死ぬ側の人間をテーマとして扱ってきましたが、ここから逆に生ける人へとテーマが変遷していきます。死神の少女の行動も少し例外的で、今回は死者ではなく、生きていかなければならない人へと働きかけていきます。
 今回の死者の役割であるハラダはなんだか気風の良い男で、死ぬにしても諦めない、しっかりポジティブなあり方が読んでいてクスっとしてしまいます。すごく「人として」いるなぁと。幸福の連鎖、良い人のねずみ講は素敵なシステムです。
 生者側のヒカリは、死神の少女とハラダに担がれるようにフォローしてもらった形になったけど、しっかり前を向けた結論を得られてよかった。心地の良い読後感の一遍でした。

クラウン、泣かないで

 今編は『A life-size lie』の主人公の友人の少女が、語り手となっています。『A life-size lie』で亡くなった彼に対する彼女の述懐が描写されていて、アンサーエピソードとしての側面もあるのかもしれません。
 道化師になりきれなかった老人と、喪失に怯える少女。二人の交わりは微笑ましく、そして悲しく、そして最後には満たされた結末となります。素直に心温まるエピソードでした。
 死神の少女の解説で、4編物語全ての「死」が、輪廻として「生」となって循環するのだと語られます。すべての死は彼女に関わりあり、新たな生命もまた彼女に深く関わりある存在として生まれ出る。生は死が影響しあって形作られ、ゆえにそうして巡る人の魂は死よりも強固なものなのだと。この言葉が、この『ベイビー、グッドモーニング』という物語の主題なのでしょう。

終わりに

 生と死について書かれた小説ではありますが、生と死は断絶し分かたれたモノではなく、共鳴しあって存在しているモノである、というメッセージを感じます。どの短編も逃れられぬ死の気配を感じますが、結末は鬱屈としたものではなく、しっかり未来へと向けられている点からも、それがうかがえますね。そしてシンボルである死神の少女も、デニムのミニスカートに白いシャツという出で立ち、好奇心旺盛でどこか愛嬌がある性格で、それが悪意をもたらすものである、という描き方は一切されていない。死そのものでありながら、そばで穏やかに優しく寄り添ってくれるような存在に思えます。
 いずれにせよ、オリジナリティに富んだ、河野氏らしい小説でございました。

 以上、感想でした。