はぐれ中継基地Ver2.0

小説・漫画・映画・ゲーム /  感想

『小説 天気の子』感想

『小説 天気の子』のネタバレ感想です。

※小説版の感想です。アニメーション版の感想ではありません。

小説 天気の子 (角川文庫)

前書き

 『小説 天気の子』は2019年7月19日公開予定のアニメーション映画『天気の子』の、ノベライズ作品です。アニメーション版監督である新海誠監督直筆のノベライズ版で、そういう意味ではこれ以上ないほど公式的なノベライズだと思います。ちなみに、新海監督は『秒速5センチメートル』『言の葉の庭』『君の名は。』もすべて直筆のノベライズをされていて、自分がそれらの作品群がとても好きなので(特に、アニメーション版より大幅に独自の加筆が施されている『秒速5センチメートル』と『言の葉の庭』はオススメです)、今回も購入した次第。
 似た販売形態だった『君の名は。』を読む限り、更に今作の新海監督のあとがきと、RADWIMPSの野田氏の解説を読む限り、アニメーション版とノベライズ版にほとんどストーリーラインに差はないと思われます。ゆえに、この感想記事は現時点で明日公開のアニメーション版の、クリティカルなネタバレに間違いなくなり得ます。ネタバレを回避したいなら、絶対にこの記事は読まないでください。
 かなりの注目作と思われるので、ノベライズ版が正式発売こそされど、ネタバレ感想を書いていいかどうかすら自分はちょっと迷うのですが、『君の名は。』でも当時同じことをしたので(あれだけ尋常ならざる話題作になるとはイチ新海ファンでも思わなかったのですが)、今回も読んだ以上は記録として残したいと思います。

感想

 起承転結がかなりハッキリしていて、大まかなストーリーラインはかなり単純な作りだと思います。少なくとも、『君の名は。』ほど隠されたギミックはなく(自分が気付いてないだけって可能性もあるけど)、ウリとしては『分かりやすいボーイミーツガールモノ』なんだと思います。
 ただ、『秒速5センチメートル』や『言の葉の庭』のように終始質素な現代劇として描かれているかと言われるとそういう印象もなく、事前のPVから察せられるように、ヒロインの陽菜は天候を操れることがキャラとしてのアイデンティティだし、最終章は東京の1/3が水没するわけで、かなりファンタジックな要素を含んでいます。
 しかしそれらの要素はヒロインの悲劇性や主人公の行動の動機、あるいはメタ的に考えればビジュアルの強さをもたらすための設定として用意された印象で、最初に書いたとおり『君の名は。』のようにストーリーを捻じ曲げるような強さや、驚天動地のトリックというモノではないのですね。
 もちろん新海監督は自覚的にそれをやっている印象で、『天気の子』はストーリーラインで勝負すると言うより、キャラクタの内心や行動、対話などで作品を作るという、いちばん得意で好みであろう『秒速5センチメートル』『言の葉の庭』のスタイルに回帰している感覚があります。個人的にはそちらのほうが面白かったので、方向性は自分好みになったんだろうなと思います。
 
 ただし、読み終えた今の感覚としては、「やや弱い」かな、と思わなくもないです。主人公の帆高、ヒロインの陽菜、家族として支える凪、大人としての須賀と夏美、主要登場人物彼らは確かに魅力的なキャラではあるのですが、些か以上に「よくある」という印象が。
 これが仕込みじゃないか、のちのちとんでもない裏切りを見せるんじゃないか、とビクビクしてしまうぐらい分かりやすい設定と配置で、結局それが最後まで裏切られなかったのが痛い。恋し合わないわけじゃない、仲違いしないわけじゃない、成長しないわけじゃない、泣かないわけじゃない、彼らはしっかり物語で役割を果たしてくれている。でもそれも込みで、やっぱり「やや弱い」気がしてしまうのです。
 これについては、どれだけ捻くれてるか、で評価が分かれる気がします。この手の青春作品、現代ファンタジー作品を愛好してよく触れているなら、「天気の子は普通な話だなぁ」と思ってしまいそうですし、逆にそんなの知らんって人は、いざ読んだり見たら、驚きと新鮮さでしっかり感動できるかも。
 あと、これも作用していると思うのですが、映像だったら絶対面白いんだろうな、と思うシーンも。挙げるまでもなく陽菜の力にまつわること、終盤の逃避行、最終章の水没した東京と雨の中の抱き合う二人。更に劇中、ほとんど雨だと思われるので、それだけで特筆できるビジュアルとなることでしょう。アニメーションとしては絶対に魅力的です。それは、新海監督の微に入り細を穿つほど書き込まれた今までの作品で、間違いなく保証されています。されど、(少なくとも自分の想像力では)「小説として」それらに特段の驚きを持つことができず、やはり「やや弱い」という印象が先立ってしまうのだろうと思います。
 などと、色々と文句をつけてしまったのですが、新海監督が好きだと公言している村上春樹を彷彿とさせるような、ラストの流れは興味深かったです。世界ではなく個人を優先してしまった帆高と陽菜、それに対する罪悪感、不安、恐怖、でもそれらを捨てられるくらいに持つお互いを愛する思い。ラストの台詞「僕たちは、大丈夫だ」で読者を突き放すように締められるオチは、少し大人になった二人の孤独と覚悟を示唆するようになかなか意味深で、面白かったです。

終わりに

 話としては関係なく、一点だけ、まだ書きたいことがあって。『秒速5センチメートル』『言の葉の庭』はアニメーション版とノベライズ版は並行ではなく、ノベライズ版はアニメーション版に対して物語上の補完要素がとても多いのですね。新たな登場人物の視点、アニメーション版ではなかったシーン、エピローグの追加、そういうファンサービスがありました。でも、『君の名は。』でそれがなくなり、あくまで平行作品となりました。『天気の子』も、確信はできないけれど、そうなんだと思います。
 もちろん、プロモーション上仕方ないのかもしれないし、新海監督のポリシーが変わったのかもしれない。それに、平行とは言ってもアニメーション版で気付くもの、ノベライズ版で気付くものも数多くあるでしょう。でも、かつてのサービスはなくなっちゃったんだなぁと思うと、その頃から新海監督が書く小説が好きだった自分は、やや寂しく残念に思えたりします。まぁ、欲張りな話ですね…。

 以上、感想でした。